[オペラ・オペレッタ訳詞家の日常] 劇場(オペラ/ミュージカル/声楽/室内楽/オーケストラ/バレエ/映画/アート)
書斎(オフィス/読書/語学-・独・・露/翻訳/音楽/"ホームシアターオペラ"
[ ボストニエンヌ ・ ダイアリー ] 衣(からだ/ジョギング)食(料理/外食)住(交際/イベント)
[アメリカで、日本人が、育てる。] 学校・休暇(サンクスギビング/年末/冬/春/夏)
習い事・アルバイト・ボランティア・"ファミリームービーナイト"

辻邦生『夏の光 満ちて』1980.6.16

辻邦生という人は、こういうことを「臆面もなく」日本語で書くところが、たまらなく好き。

もっと軽やかな、もっと陽気な、もっと貧しげな、もっと素朴な土地へゆかなくてはならない。生きていることだけで満足して、夕方の人通りを楽しげに眺めたり、一杯の葡萄酒を前に果しなく喋ったりする陽気で気のいい人たちの国へゆかなくてはならない。太陽が輝くことで満足し、星空の下で香しいオレンジの匂いを運ぶ風に満足している、素晴らしい怠惰の国へゆく必要があるのだ。日の光や風の肌ざわりのなかに、ほとんど〈永遠〉が顔をのぞかせている、そういう土地へいって、自分のなかに熟してくる時間の果汁を待たなければならないのだ……。(p.10)

ぼくの心配事は、ただ一つ、小説を一回一回満足ゆくように書き終えることができるかどうか、ということだ。二十年も小説を書いていながら、なお、小説のことが不安なのか、と人は不審に思うかもしれないが、ぼくは、小説を書くのは、綱渡りをするのと同じような感じがする。昨日うまく渡れたからといって、今日は鼻歌まじりに渡るというわけにはゆかない。一日一日が新しい始まりなのだ。その点、小説家ほど、たえず冒険する精神を要求される職業はない。それがうまくゆくかどうか、まったく定かでなくても、その心配の前で立ちすくむことはできない。その危険を、つねに、突破しようと身構え、大胆さと細心さを組合せて、そこに入りこんでゆくこと——偉大な小説家の中にどこかアウトロウに似た不敵な面魂が見てとれるのは、こうした緊張を生きつづけているからだろう。(p.12)

夏の光満ちて―パリの時 (1982年)

夏の光満ちて―パリの時 (1982年)

同日の他の引用&雑感