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辻邦生 講演「詩をよむ心」より

 人間は、心さえきちんと持っていれば、どんどんと成長してゆくものですね。あらかじめ自分の才能は決まっているんだ、と思っている人がいたらこれはたいへんな誤りで、才能とか感受性とかいうものほど肥料をやって育ててゆけるものはありません。「生まれつきの才能」も勿論あるでしょうけれども、そういうものは放っておけば失くなるものですね。そういう生まれつきの才能を持っている人が、心をかけて、自分を一生懸命磨き上げるからこそ、良い仕事を残すのですね。さして才能がないから自分はダメだと放り出すよりも、自分を大事にして持ち続けるということがどんなに大切なことか。

 これは私のささやかな体験からはっきりいうことができます。三千枚もの長い大きな作品を書くというと、人は驚きます。しかし私はたいてい毎朝早く起きて、世間がザワザワしてくる朝の十時ぐらいまでにその日の分を書いてしまう。書いてしまうと、もう後の時間は学校に教えに行ったり、若い人たちと話をしたり、散歩をしたり、映画を見たりする。翌朝また早く起きて、十時まで書く。それを毎日毎日繰り返していると、ある日、終わりが向こうから歩いてくるように自分の机の上にくるんですね。

 こっちから終わらせるのではなくて、終わりは、向こうからひとりでにやってくる。そしてふと見ると、厚い原稿用紙がそこに重なっている。自分で終わらせようと、うんうん重い荷物を背負って歩いていたら、それはたいへんです。けれども、時間の中に自分をすべて投げ出してしまって、毎日やることだけ、きちんとやる。そうすると自然とそこに、仕事ができあがっていく。これは、あなた方の学問や勉強の場合も同じです。毎日きちんと与えられた物をじっくりとやり続ければよいわけですね。(p.46f.)

1990年10月22日、不二聖心女子学院での講演録。辻邦生『言葉が輝くとき』(文藝春秋・1994年)所収。
ひどい風邪を引き、熱と咳で、日中は起き上がることもできなかった2016年のうるう日。よりによって4年に一度のこの日に……と暗澹としていたが、夜どうにか起き出して、こんな言葉を読めたことで、「空白の一日」にならずに済んだ。

言葉が輝くとき

言葉が輝くとき